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聖母マリアの出現でもっとも有名と思われる場所:ルルド
1858年、村娘のベルナデッタが洞窟のそばで薪拾いをしている時に聖母マリアが彼女の目の前に始めて出現したと言われている。ベルナデッタは貧しい家庭で生まれ十分な教育も受けれなかったが熱心なカトリックであった。
最初の出現はベルナデッタが薪拾いのため川を渡ろうと片方の靴を脱いだ時に風の音のようなものが聞こえ振り返ると何もなかった。もう片方を脱ごうとすると大きな風の音がして目の前の木の枝が揺れ動き野バラの木が地面から伸び洞窟の窪みまで3メートルほど伸びた。暗い窪みに柔らかい光が差し込み、白い服を着た女性が手を開いて手招きをしていた。ベルナデッタは恐れおののきロザリオを手にふれ十字を切ろうとするが手が挙がらなかった。しかし女性の方が十字のしるしを切ると手が動くようになりベルナデッタはロザリオの祈りを唱えた。
第二の出現で善悪を確かめる為に教会から聖水をもらい出現した女性にふりかけると女性の微笑みが増した。
聖母の出現の噂は町中に広がり第九の出現の時洞窟の前に300人を超えた。騒然たる雰囲気の中ベルナデッタは洞窟の前で祈りを唱えた後何かを探して川のほうへ降りていった。洞窟のに戻ってきたベルナデッタは地面を掘り始めた。すると赤みを帯びた泥水が湧き出てきて汲めば汲むほど水は綺麗になっていった。
ルルドの泉は様々な奇跡を起こしている。最初の奇跡は妊婦に起こった。妊婦は以前木から落ち右腕を負傷していた。妊娠9ヶ月にも関わらず7キロ離れた場所からやって来て泉の水を右手に浸すと傷が癒え、感謝の祈りを唱えると陣痛が始まり、痛みもなしに男子が生まれた。
その他にも難病で瀕死の乳幼児の蘇生と難病の治癒、失明した男性の治癒など様々であった。泉の水を化学的に分析をしたが普通の水だったとのことだ。
ベルナデッタは修道女となり、様々な雑用や看護婦として仕事に従事し35歳で天に召され、棺はサン・ジルダール修道院の地価墓地に埋葬安置された。
1909年、列福する目的で遺体鑑定が行われ墓地から棺を出し開かれた。30年前に埋葬された遺体は腐臭もなく、まるで生きているかのうような姿で棺の中で眠っていたとのことだった。

日本では1895年に玉之浦教会にルルドの洞窟の模型の建設が始まり、これが嚆矢となって日本全国にルルドの洞窟がさかんに造られるようになった。長崎のルルド建設の歴史の中に様々な信徒の経済的、身体的努力や共同体としての協力があった。迫害されてきた歴史や決して裕福な環境でなかった長崎のキリシタンにとってルルド建設や教会建設はまさに信仰の証となるものであった。
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